「奇術師」クリストファー・プリースト

 チンの有名な金魚鉢は、突然の謎めいた出現にそなえ、手品実演中、ずっとチンとともにあったのだ。その存在は、観客から巧みに隠されていた。チンは身に着けているゆるやかな中国服の下に金魚鉢を隠し、両膝ではさみ、ショーの最後にみごとな、一見したところ奇跡としか思えない取りだし芸をおこなう用意をしていたのだ。観客のだれも、そんなふうにその手品が演じられていたとは想像だにできぬだろう。すこしでも論理的に考えれば、謎は解けたはずなのだが。
 しかし、論理は不思議にも論理自体と衝突したのである!重たい金魚鉢を隠すことができる唯一の場所は、中国服の下なのだが、それでもそれは論理的に不可能だった。チン・リンフーがきゃしゃな体をしているのはだれの目にも明らかで、実演中ずっと足を痛そうにひきずっていた。ショーの最後に頭を下げると、アシスタントにもたれかかり、ひきずられるように舞台から下がっていくのがつねだった。
 現実はまったくことなっていた。チンは非常に体力のある健康な男であり、余裕綽々で金魚鉢を膝ではさんでいたのだ。そうだとしても、金魚鉢の大きさと形のせいで、歩く際に纏足された中国人のようによちよち歩きをせざるをえなかった。その歩き方は手品のタネを明かしてしまう危険性があった。移動する際に関心を集めてしまうからだ。秘密を守るため、チンは生涯足をひきずって歩いた。いかなるときも、自宅や往来でも、昼も夜も、秘密がばれないように普通の足取りで歩くことはけっしてなかった。
 これこそ、魔法使いの役を演じる人間の性質というものである。

私の感想

8/100